breaking benjamin(ブレイキング・ベンジャミン)

BIOGRAPHY

‘99年の末、バンドのメイン・ソングライター、ベンジャミン・バーンリー(vo,g)とその友人、ジェレミー・ハンメル(ds)によって結成される。
2000年当時は『PLAN9』と名乗っていたが、半年後に第3のメンバーを加え、バンド名を『Breaking Beanjamin』と改名する。その後そのメンバーは抜けるものの、2001年の暮に『LIFER』というバンドで活動していたアーロン・フィンク(g)とマーク・ジェイムス・クレパスキ(b)の二人が加入し、活動は更に本格化する。
2002年8月に1stアルバム「SATURATE」(日本未発売)で全米デビューを飾ると、ゴッドスマックや3ドアーズ・ダウンのサポートとしてアリーナ・クラスの全米ツアーを経験。2004年にリリースした2nd「We Are Not Alone」にて日本デビューを飾る。
そのアルバムは本国ではプラチナディスク(100万枚以上のセールス)を獲得しているが、アルバムのツアー中にオリジナルメンバーであるジェレミーが脱退してしまう。その後一時期元ヘッドのBC(ds)をサポートで迎えて活動を続けるが、2005年からSW1CHEDの初期メンバーだったチャド・シェリガ(ds)が正式に迎え入れられている。
2006年に3rdアルバム「PHOBIA」をリリースした後は自身の全米ヘッドラインツアーを敢行し、その合間にもステインドとスリー・デイズ・グレイスのツアーに参加する等、現在に至るまで精力的な活動を続けている。
そして2009年1月、待望の4thアルバム「DEAR AGONY」を日本リリースする。
このアルバムのリード・シングル「I WILL NOT BOW」はブルース・ウィリス主演映画「SURROGATES」のエンディング・テーマ曲として使用されている。

Ben Burnleyの頭の中を見たいなら、”Dear Agony”のアルバムカバーを見ればいい。これは実際に彼の脳スキャンなのだ。1stシングル”I Will Not Bow”の歌詞を読めば、さらにBurnleyという人間が何を考えているか分かる。“Now’s your chance to run for cover / I don’t want to change the world / I just want to leave it colder(避難したいなら今がその時/僕は世界を変えたい訳じゃない/もっと冷たくしたいだけ)”。キャッチーなコーラス、器用なドラミング、複雑でパワフルなリフ、引き込まれそうな暗いバイブスなど、いかにもBreaking Benjaminらしい音楽性を見せる。プラチナディスクとなった”We Are Not Alone”(2004)収録の”So Cold” “Sooner or Later”や、”Phobia”(2006)収録の”Breath” “Dairy of Jane”などの#1ロックヒットをもたらした、あの音楽性である。再びDavid Bendeth (Paramore, Killswitch, Engage)をプロデューサーに迎えた”Dear Agony”では、Breaking Benjaminはさらに目標水準を上げた。「僕らは8年間一緒に過ごして来たけど、もう20年くらい一緒にいる感覚。その間、音楽も信念も磨き上げてきた。ツアーを周っていると、より良いミュージシャンになる。沢山の音楽を聞き、沢山の経験を積み、人前に立つ機会を得れば得るほど、人間も音楽も複雑になる。」Burnleyは言う。

ニュージャージー州にあるHouse of LoudスタジオでDavid Bendethと共にレコーディングされた。Breaking Benjaminは、かのイギリス人プロデューサーのもと3rdアルバム制作できることに興奮していた。ベーシストMark Jamesは「プロデューサーが持つスタジオで作業したのは初めてだけど、本当に快適だった。僕らはチャレンジを歓迎する。今回は高い目標を掲げたけど、以前の流れを引き継ぎつつ、僕ら自身がワクワクして臨み、リスナーがワクワクするような物を作る事が大事。」

“Dear Agony”というタイトルは強烈なものだが、アルバム全体のテーマとなっている訳ではない。「それぞれの曲が何を歌っているか僕に聞くのは無意味。リスナーが聞いた時に感じる事がすべて。歌はその為に存在する。」Burnleyは説明する。メンバー中作詞するのは彼一人だが、過去にグラミー賞にノミネートされたバンドREDのギタリストであるJasen Rauchと共にコラボレーションした事がある。「彼には自分のバンドがあり、僕にもバンドがある。それらは全く違う。でも2人が一緒に組むと固有のフローが生まれる。彼と知合いになり、一緒に仕事が出来た僕はラッキー。」ToolやNirvanaと言ったBreaking Benjaminに大きな影響を与えたバンドのように、Breaking Benjaminは謎めいた刺激的な歌詞を歌う。「本当に気が利いていてクールじゃない限り、あからさま過ぎる歌詞はあまり好きじゃない。」フロントマンは語る。「すべてのフレーズが自己完結しているように、僕は作詞する。」Burleyは前作を”Phobia”(恐怖症)と名付けたものの、個人的な事柄を歌に託しても精神浄化作用は感じないと言う。とくに、飛ぶ事に対する恐怖がよく表現されたものに関しては顕著だと言う。「僕は飛ぶ為にバンドをやってる訳じゃない。これを秘密にした事はないし、これからもこの点は曲げられない。」彼は言う。「死ぬ日まで、その恐怖は続くだろう。バンドをやっていても、その点は何も変わらない。」

BBは、故郷であるペンシルバニア州Wilkes-Barreから遠く足を伸ばしてきた。時には何ヶ月も過激なファンの前に立ち過ごした。ギタリストAaron Finkは、新曲をツアーで演奏するのが楽しみだと言う。「僕らと観客の間にある理屈抜きの本能的なやり取りを見れば、曲やリフが良いかどうか分かる。」彼は言う。「Breaking Benjaminが好きなら、このアルバムを絶対気に入る。」一方Jamesは「僕らの作品には、色々な要素が入っている。どんなムードにも合う曲がある。ツアーが楽しみだし、素晴らしい過去曲に加え、今は新曲もある。」

“Saturate”以来のBreaking Benjaminの目覚しい成長に関して、Burnleyは的確な分析をする。「親が毎日子供の顔を見てると、どれくらい成長したか分かり辛い。でも何ヶ月か別々に過ごした後、彼の身長が3フィート伸びていて、顔にヒゲが生えていたら『ずいぶん変わったね!』って驚くはず。僕らのやっている事も一緒。今までのプロセスの全てを自分達で作り上げているから、そんなに変化を感じない。」

Breaking Benjaminは、”Dear Agony”で成し遂げたのと同じ成長プロセスを再現しない事が大事だと言う。「僕は100%満足していないものは発表しない。でも、グループの皆が同じ好みを持っている事は有り得ない。」Burnleyは言う。「絶対に『これはイイ、これはサイアク』なんて話になる。」Breaking Benjaminはロックの殿堂にいる今に興奮している。「ファンがいなければ、僕らは何者でもない事に気付いた。ファンは与えらたもの。僕らの好きなものが、多くの人が好きなものと重なったから今仕事が出来ている。」Burnleyは結論付ける。「正直に言うよ。僕は自分のために音楽を書いている。もし他人も気に入ってくれたなら、それは素晴らしいこと。」