1999年11月。
 ロンドン中心部から少しはずれた場所にある地下鉄駅、エンジェルのすぐ側にある、大きな倉庫を改造して建てられたレコーディング・スタジオで、エリーシャ・ラヴァーンの3rdアルバムの録音は最後の大詰めを迎えていた。

 ロシェア---スティーヴンとマイケルという二人の白人からなるR&Bプロデューサーとエリーシャ・ラヴァーンがコラボレイトした"So Very Hot"は、スティーヴンが爪弾くギターに合わせてエリーシャが歌詞とメロディーを書き上げ、マイケルとスティーヴンがバック・トラックを制作するという、完全な共同プロデュース体制のもとにレコーディングが進められた。ある程度楽曲の骨組みができ上がった状態、つまり予めトラック・メイカーがバック・トラックを用意した状態から歌詞やメロディーを書くというそれまでのスタイルとは違い、全くのゼロから一つの楽曲を生み出すという作業は、とりもなおさず楽曲プロデュースという言葉が本来持つ意味、そのものの行為だった。
 結果---"So Very Hot"は、流麗なサウンドとメロディーにある種のノスタルジーが同居する傑作として、多くのリスナーからの支持を集めることになる。

音楽プロデューサー、エリーシャ・ラヴァーンとロシェアの、コンビ誕生の瞬間である。

 このセッションは実に意義あるものとなった。というのは、トラック・メイカーが主導権を握って録音が行われる現在のR&Bシーンに於て、音楽プロデューサーという言葉の意味は非常に曖昧であり、才能あるコンポーザーの---他人であれ自分自身の為であれ---曲を生み出すための労力に対しては、殆ど正当な評価が与えられていないのが実情だからである。考えてみて欲しい。音楽を形成する要素の中で何が本当に重要なのかを。
 エリーシャという類まれなる才能を持ったコンポーザーとロシェアというトラック・メイカーとの出会い、組み合わせは、そのオリジナリティ溢れる作風からイギリスのR&Bシーンでも一目置かれる存在となる。
 事実、"So Very Hot"のプロモ盤はロンドン中のラジオDJから引っ張りだことなり、チョイスFMのAランクのプレイ・リストにピックアップされ、今年のサマー・アンセムとしてヘヴィー・ローテーションを獲得。更に"This is R&B"というイギリスでは常にベストセラーを記録するコンピレーションCDの第3弾にもライセンス収録され、10月13日付のエコーズ紙のスウィート・リズム・チャートにて堂々第1位 を獲得するに至った。

 UKソウルの伝統を受け継ぐ洗練されたサウンド・プロダクション。大衆歌謡として普遍的な魅力を放つ哀愁を帯びたメロディー・ラインと歌詞。

 ありそうでいて、本当に少ないのである。現在のR&Bシーンに於てこういったタイプのコンポーザー/プロデューサー・チームは。

 エリーシャはいう。「メロディーやサウンドのアイデアが次から次へと溢れだしてくるのよ。今はとにかく作品を生み出したい気持ちでいっぱい。いいシンガーがいれば最高の楽曲を提供できる自信があるし、自分でもこれからはどんどんプロデュース・ワークをしていきたいの......」

 ロシェアのマネージメント=アーバン・マネージメントとエイベックスのA&Rは、この機を逃すまいとすぐにオーディションを行う。

 課題曲としてロシェアとエリーシャの共作による新曲"Talkin' About You"を用意し、デビューを目指す複数のヴォーカリストに、実際にスタジオに入ってもらい、オリジナル・バック・トラックに合わせて歌わせたうえでミーティングを繰り返す。
 果たしてそこには、その殆どがセミ・プロとも呼べるような経験豊かなセッション・シンガーが多く集まる事となった。
 しかし、そのなかに、キャリアこそ無いものの何かキラリと光る魅力を携えた一人のシンガーが居るのをスタッフは見つけたのだ。R&Bシンガーのオーディションにただ一人参加してきた24歳の白人女性シンガー---エリーシャの作るメロディーを、心の底から楽しそうにのびのびと歌うその姿は、決して完成されてはいないが、故に様々な可能性を感じさせるのだった。

 Jo Kemp---彼女はそう名乗った。Joとはジョアンの略だという。

 ロンドン生まれのロンドン育ち。子供の頃からラジオから流れてくるアメリカのブラック・ミュージックを好んで聞いていたJoにとって、ボビー・ブラウンやホイットニー・ヒューストンがアイドルだったという。いつかは自分もシンガーとしてデビューするのだと強く信じて、歌やダンスのレッスンに励んでいたがチャンスに恵まれず、オーディションに参加した時はレストランのウエイトレスをしていたのだった。
 アーバン・マネージメントのニック・セラーズ(彼は以前にD-インフルエンスのマネージャーも務めていた)が、ふとしたきっかけで彼女が歌手を目指していることを知り、今回のオーディションに参加することになったのだが、Joの天性の明るさ、度胸の良さ、そしてR&B楽曲を歌う際の勘の良さは、最終的にアーティスト契約するに当たってスタッフ全員が文句無く認めるところとなった。

 アルバムに先駆けてデビュー・シングルの"Talkin' About You"がすぐにレコーディングされ、いち早くロンドンのFM局にプロモーションされるやいなや、CHOICE FM の月〜金、午後1:00〜3:00にオン・エアされているDJ JIGS(ジグス)のショーで、すぐさま取り上げられ、かなり黒っぽいものしかかけないDJとして知られる彼がプレイしたことにより、早くも業界内では大きな注目を集めているという。

 エリーシャ・ラヴァーンから引き継がれたシンデレラ・ストーリーが、新たに又ここに始まったのである。

back