CAHIER

■ ゼロ 2011年12月11日

いくら書いても
書ききれていない気持ち
書けば書くほど
果てのない未来

これまでやれたことが
どれだけあっても
これからも
やれるわけではなく

なのに
経験に頼り
実績に縋り
自分で思うほど
無心にはなれない

次の
ゼロへ
進むことの
難しさ

ただ
その時
その時が
在るだけの
道で

僕は
それを
成せるか

■ 時 2011年11月14日

 最近、砂時計ばかり見ている。
 時計であるから、時を計る物ではあるけれど、砂が落ちてゆく途中は落ちはじめてからどれだけ時間が過ぎたのかはわからない。五分計であれば、五分の間のいつかなのであるはずだが、正確な時を告げているわけではない。デジタル時計のように、一瞬一瞬を正確に刻み表示している物に比べれば、随分とおおまかな時計だ。しかし、そのおおまかさに惹かれるのかな。

 デジタル時計は好きではない。瞬間はわかっても、過去と未来がないからだ。アナログ時計なら、針の進んだ時とこれから進む時とがあって、そこに過去と未来を感じる。それでも、針が文字盤を一周すれば、、また同じ時間を過ごしているような気にもなる。そのはかなさも好きではあるのだが、ならば砂時計のようにもっと曖昧であっけない物の方が良い。

 時は、絶対で、人にとっては人生の別の呼び名かもしれない。そう思うと、はじまりと終わりだけを告げる砂時計に感情移入してしまう。

 近年、個人的に大切な人を亡くす機会が多かった。そして震災もあった。砂がいつ落ちきるのかは自分にはわからない。いまが自分の人生のいつなのか。毎日が砂時計のようだ。

■ ASIMOへの手紙 2011年11月09日

 Newsを見ました。たった4年の間に君はとても進化しましたね。外界認識の能力も高め、更に、人の操作の介在なしに、自ら次の行動を判断する自立行動生成というのも身につけているというではないですか。ほんとうに驚くばかりです。まだぎこちなく歩いていただけの君を考えると、この先どこまで進化していくのか・・・。

 ふと、器用に紙コップに水を注ぐ姿を見ていると、悲しい気持ちになりました。なぜなら、君はそれを飲むわけではない。君は誰かのために、その力を使うのですね。福島の原発へ君を駆り出す声もあるそうです。もしかしたらいつか兵士にされる日も来るのかもしれません。人間の代わりになにをさせられるのでしょう?

 目も鼻もない君の顔の表情は、とても優しいけれど、やはり少し悲しい。笑うことも泣くこともなく、ただ人間のために働く君の存在意義は、すべて人間の論理の側にあるのでしょうね。君の顔を作らない理由は、技術的なことに以外に、もしかしたら人間の疚しさや負い目があるのかもしれない。

 人間の「心」の不在をテーマにするとき、昔からロボットはよく登場しました。君の大先輩のアトムもそうでした。君がほんとうに人間と楽しく暮らせる世界を人間は作るべきではないか。危険なこと、苦しいことを機械に代行させず、自ら命を懸けて変えてゆく世界を、人間はまず目指すべき気がします。いつか、危険な仕事を命令されても、自立行動生成の機能を使って逃げたっていいんだよ。僕はそう思います。

 次に新しくなった君に逢えるのはいつでしょう?
 その時、世界が君の笑顔を感じる世界であればいいですね。

■ 永遠に途中 2011年11月08日 

誰にも聞いてもらえないかもしれない歌。
一瞬にして消えていく演奏。
路上に捨てられるかもしれないフライヤー。
眠らずに書いても永遠には残らないかもしれない言葉。

報われることがないとしても続けなければならない。
続けることではじめて見えるものがあるのも事実で。
それは続けたものにしかわからない。

表現者か。
自分のことを表しているようで、
実はほんとうは人の気持ちを負う仕事だな。
ふと気づくと、自分の気持ちを伝えたかったわけではない。
誰かの気持ちにふれたかっただけなのだ。

生きている限り、人生最後の一秒でさえ途中。
それを良しとして選んだ道ではないか。
ならば、また進もう。

■ 嵐のなかで 2011年09月22日

人生で
思うようになることなど
ひとつもないな
思っていた以上か
思っていた以下の
どちらかだけ
そして
思いがけないことに驚かされ
また少し先へ行く
つまり思うようになる人生ほど
実は退屈なのかもしれない