■ PICK UP
五木ひろし「夢はるか」
アルバム一枚全作詞を手掛けることができるのは、作家にとってこの上ない喜びである。それもそのアーティストが五木ひろしさんとなれば、大変光栄なことだ。実は、はじめから全作詞を手掛けるというわけではなかった。シングルの「月物語」がスタートだった。前作で「また君に恋してる」をカバーしてくださっていて、その流れもあり指名して頂いた。ただ、依頼はシングル一曲だったのだが、僕の中の五木さん像がいくつもあり、作品をひとつに絞りきれなかった。そこで、ボツ覚悟で何作か提出させてもらった。ありがたいことに提出した曲をすべて五木さん作曲で、レコーディングしてくださった。「月物語」は無事リリースとなったが、そこに震災である。世の中は自粛一色となった。そんな中で被災した人たちへの思いを込めて「街」という作品を書いた。これは依頼されたわけではなかったが、五木さんに僕の方から見て頂いた。五木さんはその思いに応えてくれて、これもチャリティの意味を込めてリリースすることになったのである。そしてアルバム。何曲かは打診を受けていたが、驚くことに全曲というお話を頂いた。ふと振り返ってみると、作詞家としてスタートから丁度30年経過している。このアルバムは神様からのご褒美だな。そう思った。
松井五郎& with friends 「風のよせがき」
チャリティとはなんなんだろう?震災のニュースの裏で、台風や別の災害や事故で亡くなる人のニュースも日々絶えない。そのすべての人たちになにかを届ける力など到底自分にはありはしない。それでも、同じ思いを抱いてる仲間と力を合わせれば、微力でも意味はあるのではないか。「風のよせがき」はそんな気持ちで作った。参加してくれたアーティストのほとんどはこれまでに歌詞を書かせてもらった人たちである。何人かは、このアルバムで出逢った。歌詞はほぼ先に書き上げ、アーティストに曲を依頼した。みんな頑張ってくれて、何度も書き直してくれたアーティストもいる。その思いは形になったように思う。ライブも行う予定だし、それぞれのアーティストが自身のライブでも歌ってくれると言う。おそらく、これからもきっと悲劇は絶えない。ならば続けていくこと。チャリティとは一過性で終わらせない強い気持ちのことを言うのではないだろうか。
Chage「&C」
僕が作詞家としてはじめて世に出た作品はChageの手によるものだ。1981年の春。あれから30余年。いままた一緒に作った曲をreleaseできることをほんとうに嬉しく思う。まだ20代半ばだったあの頃、夢見る未来はあったとはいえ、いつまでも現役でいられるかどうかは難しい世界である。そんな世界にあって、C&Aは、誰もが知るように深く意味のある足跡を残してきた。創作に於て、僕らの関係は途中ブランクがあったが、同胞として、同世代として、常に僕はC&Aと共に在ったように思う。久しぶりのChageからのCallは去年の春だった。そのとき新作を一曲書かせてもらった。そして、今回、新作albumで二曲新たな歌が生まれた。ASKAが芸術家タイプだとすれば、Chageはartisanタイプかもしれない。閃きを待つと言うよりは、常に熱い鉄を打っている印象だ。今作「&C」で共作した作品は、C&Aで行き着いたPOPSの昇華形から自分を解放し、Rockとしてのprimitiveな形を再構築したように思える。着うた全盛の現実を考えれば歌詞も難解だ。それでも、その方向にチャレンジするChageの姿勢は尊敬できる。この先の未来へ。きっとまだ道は続く。
坂本冬美「ずっとあなたが好きでした」
「また君に恋してる」の次の作品ということで、一年がかりで作った作品。詞先という形で書き始めたのは去年の秋口だった。「また君に」に続き、森さんが素敵な曲をつけてくださった。「また君に」は元はビリーバンバンに書いた作品なので、坂本冬美さんに書き下ろしリリースされるものとしてははじめてのものになる。日本語を美しく表現できるという意味で、冬美さんとの出逢いは作家としてとてもありがたかった。自分のなかでは演歌というジャンルは広義で日本の歌として捉えていて、特別これまでと違う意識はなかった。初期のチャゲ&飛鳥や安全地帯の中にも、日本語の響きにこだわって書いたものも少なくなく、ルーツとして「和の美学」が自分にはあるかもしれない。ただ、ほとんどが曲先で、洋楽的なグルーブが要求されることが多い仕事の中で、間や行間も考えた和的表現は、なかなか書く機会が少なく、その意味で、冬美さんに新たに書き下ろした何作かは、とても充実したものになった。「また君に」の波はまだ続いている。その中で発売される「ずっとあなたが好きでした」は、どう受け取られるのだろう。瞬発力だけで消えていく作品が多いなかで、長く愛される歌になることを願うばかりだ。

氷室京介「"B"ORDERLESS」
「どう作るかではなく、なぜ作るか」イギリスの陶芸家Hans Coperが残した言葉である。氷室京介というartistと対峙するたび、そのことを問われている気になる。作り手はついHowということに捕らわれる。勿論、表現者にとってそのことも重要ではあるが、Whyという部分が抜け落ちた作品は、訴えるものがどこか希薄に思えることがある。所詮ビジネスであることは否定できない、ただ消費されるだけで良いとは、どうしても思えない。Howだけでなく、創作の支柱にWhyがなければ、我々はただの機械だ。CDの売れ行きが低迷している現状にあって、作品というより商品としての楽曲を売ることにエネルギーを使う傾向があることも事実である。そんな時代の流れにあって、早くからアウェイである海外へ移り住み、常にphysicalを鍛え、創作にstoicなその姿勢は尊敬に値する。かつて声の調子が悪かったことを理由に、その日のaudienceを無料で招待するライブを行った彼の姿勢に真のprideを見た思いがする。氷室京介の与えてくれるハードルの高さは、常に刺激だ。それに応えることができる自分であり続けたいと思う。

JUNSU/JEJUNG/YUCHUN「いつだって君に」
それまで東方神起のperformanceはTVなどでしか観たことがなかった。勿論、彼らの人気は知っていたけれど、実際に体験してみると、それは想像以上に素晴らしいものだった。「いつだって君に」ライブのopening numberの意味もあるこの曲、最初のひとことでファンとの一体感を作らなければならない。ラブソングとしての僕と君の物語ではありながら、様々な報道に心揺れるファンに対しても、投げ掛けられる大切なフレーズになる。照明が落ちてJUNSU/JEJUNG/YUCHUNの声が会場に響いた時、そしてそれに応えるファンの声援にはちよっと感動したな。ところで、歌詞中にある「さみしさも答えたよ」の一節について問い合わせを頂いた。実は、ライブの時点では、「さみしさも堪えたよ」だった。東京ドームでこの曲を聴きながらファンの表情や様子を見ていた時、この歌の「僕」を襲う「さみしさ」に対して、また、「君」に与えている「さみしさ」に対して、
「堪える」よりも「答える」の方が詩的にはおもしろいなと思ったのだ。「さみしさ」と「愛しさ」は対であり、「愛しさ」が募るほど「さみしさ」もまた増していく。逃れられないその「さみしさ」に対して、どう答えていくか。更に、自分の心のゆらぎがなにか(この場合は愛なのだろう)を答えてくるとも解釈できる。表現としては少し難解かもしれないが、意味は深くなる。言葉は生きている。書いた時には思いもよらないことが起こることもある。ある意味「君」であるファンの人たちの表情が生みだした一節だと言える。

坂本冬美「百年先も手をとりながら」
思いも寄らなかった「また君に恋してる」の状況は喜ぶべきことだが、やはり、次の曲に対する周囲の期待感を考えると少々悩みもあった。とは言え、「また君に恋してる」は二年前に書いたもので、坂本冬美というアーティストに書き下ろす作品としてははじめてになるわけで、その意味では、楽しもうと開き直った。歌手としては素晴らしい存在感を持っているし、どんなものを歌って欲しいか、その声を通して、どんな世界を聴いて欲しいか。それだけで充分だ。「百年先も手をとりながら」は、「また君に恋してる」の延長にある歌である。ある意味、アンサーソングと言ってもいいかもしれない。男が主人公の「また君に恋してる」に対して、「百年先も手をとりながら」は、女性の側の歌になっている。CDとしてのリリースはまだ未定だが配信はスタートした。「また君に恋してる」の背景にあるもうひとつの物語として聴いてくれると嬉しい。
椿屋四重奏「いばらのみち」
例えば、作詞と作曲がひとつのテーマに向けた共生関係だとすると、作詞の共作は、ひとつのメロディに対して、三角関係のようなものかもしれない。その意味で、これまでもASKA、大友康平、吉川晃司と文字通り膝を突き合わせての共作の現場は、一種異様な緊張感があった。相手の心を読みながら、メロディに相応しい言葉を提示していく流れは、将棋の対局のようでもあり刺激的だ。その刹那には、相手への敬意、才能に対する嫉妬、自分への不安、そして期待。色々な感情が渦を巻く。本来言葉そのものは誰のものでもない。極端に言えばただ並べ替えである。それでも濁点ひとつで意味は大きく変わり、細部に至るまで神経を尖らせなければならない。油断するとメロディを埋めただけで形を成さないものになる。今回は、中田君とはじめての作業になった。共作ははじめてということもあって彼にもプレッシャーはあっただろう。しかし、彼は実に誠実で、真摯な態度で臨んでくれた。これまでの誰とも違う現場で、そこで生まれた新しい歌が多くの人に届くことを祈りたい。
坂本冬美「また君に恋してる」
詩作をしている時、その作品が、どんな運命を辿るのか想像しないこともない。しかし、それまでまったく接点のなかったアーティストによって、オリジナルとは異なる発光をすると予想することはまずない。ビリーバンバンのオリジナルとして書き上げた時、坂本冬美さんというイメージは、正直なかった。これは男性目線の歌であり、女性の、それも演歌の世界の方が歌うとは思いもよらなかった。この作品は詞先、つまり、歌詞を先に書き上げ、それに曲が付けられたものである。当初「また君に恋してる」という、言葉だけ見ると、少しかわいい趣のあるフレーズにどんな旋律がつくか、少し心配だった。だが、出来上がった歌は、大人の情感に訴える哀愁のある旋律で、作曲された森正明氏には感謝である。しばらくして聴いた坂本冬美さんのバージョンは、それまでフォークソングとして捉えていた楽曲に、演歌的情緒があることを再発見させてくれた。冬美さんの声によって、新たな命を授かったのだ。ただ、この過程は、化学反応の連鎖から生まれたのであって、ジャンルの固定観念に捕らわれていては、こうはならなかったろう。もし、演歌歌手としての坂本冬美さんに宛てて歌詞を書いていたら、この歌は生まれなかったかもしれない。いやいや、実に歌はおもしろい。
Jonte「HAN」
デビュー作「ゆれる」で歌詞を書かせてもらったJonteのアルバムが出る。それも二枚同時に。一枚はオリジナル、もう一枚は韓流楽曲のカバーアルバムだ。オリジナルの方には、「ゆれる」と同時期の作品と、新たに書き下ろした作品が入っている。そして、韓流アルバムの方は、約半数の楽曲でlyricsということになった。その中のほとんどは、実はこれまでに別のアーティストのために既に書いた歌詞だ。オリジナルアーティストのためのものもあれば、日本人アーティストがカバーするために書いたものもある。つまり、このアルバムは、Jonteのアルバムであると同時に、僕のこれまでの韓流アーカイブ的な意味のアルバムでもある。TVドラマの影響で、「韓流」というジャンルが生まれてから久しい。一時的なものかとも思っていたが、いまでもひとつの大きな市場を形成している。そう考えると、今回のアルバムは、Jonteのファンに留まらず、広く聴いてもらえるものになるのではないか。ドラマや映画の主題歌ということもあって、どの曲も劇性が強いが、Jonteの声は、まるで登場人物のひとりのように、その心情をうまく表現している。シンガーとしての彼の進化が窺える。オリジナルアルバムと合わせて聴いて貰えれば、彼のキャパシティの可能性を感じて貰えるはずだ。
吉川晃司「Double-edged Sword」
吉川晃司、デビュー25周年という区切りの年を迎える。情緒的な内容の歌詞が多い昨今、先行のsingle「傷だらけのダイヤモンド」では、あえて逆行するようなapproachを試みた。勿論、それは吉川晃司だからできることであったし、思いのままにならない危うさは、表現者としての彼の核のような気がする。数字の呪縛に囚われがちな世界にあって、媚びない度胸はなかなかのものだ。今回は、album制作の過程で、いつもより話をする機会が多くあった。記録に残しておいたら、ちょっとした読み物になったかもしれない。通常、共作というのにはいくつかのパターンがあるが、ほとんどは、どちらかが書いたものに手を入れていく場合が多い。ただ、彼の場合は、discussionしながら、その場でフレーズを出し合って書いていく。こういった共作は珍しい。経験上は、ASKAと吉川晃司くらいか。正しく膝を突き合わせてという状況は、普通の創作よりもエネルギーが要る。行き詰まっても席を外せないし、まるで長時間の面接官との試験のようだ。ただ、到達点にたどり着くまでに、discussionはあちこちへ迂回して、これが結構面白い。それぞれ、どの引き出しに何を入れてあったか探しているようで、まったく無関係な話題から、突然鍵が見つかったりする。さて、そんな流れで出来上がった「Double-edged Sword」諸刃の剣という意味のタイトルには、これまでとこれからの吉川晃司の意志が込められている。
田原俊彦「Cordiary」
デビュー30周年記念の新曲。彼がidoleとして活躍していた頃、僕にとって彼は別世界の存在だった。僕が22才くらいだから、まだアマチュアでバンドをしていた時期だ。音楽は好きだったが、現実的にはこの世界に関わって生きていくなど考えてもいなかった。そんな人間からすれば、田原俊彦は、正にスターで、その距離は遥か彼方。後に、チャゲ&飛鳥で作詞のcareerをstartしてからも、何処かで、idleや歌謡曲の世界とは距離を感じていた。当時、活躍されていた作詞家の作品を見て、ideaにしても、語彙にしても、とても自分には書けそうもないと感じた。ただ、時代は、少しずつ変化してきてもいた。歌謡曲とされていた領域のartistも、ForksongやNewmusicと呼ばれるジャンルのartistの作品を歌うようになって、その境界は無くなりつつあった。田原俊彦も、ドラマの成功もあり、ただのidoleからの脱皮を計る時期に来ていた。albumでは、新人の作家を多く使いはじめ、僕を採用されるようになる。ドラマのおかげもあって、「ごめんよ涙」がヒットしたり、一方で全曲荒木真紀彦の楽曲で構成された「夏の王様」のような、冒険的なalbum制作もしていた。僕にとって田原俊彦は、idoleから、よりflexibleな表現者として位置付けられた。こうしてanniversaryな作品に関われることは実に嬉しい。そして、タイトルの「Cordiary」は、僕からの田原俊彦への気持ちでもある。

森山良子 Living
森山さんとの出逢いは、森山さんがご自身の韓流カバーアルバムで、僕が書いた歌詞のものを歌ってくださったのが最初だった。僕がギターをかき鳴らしていた少年の頃には、既にフォークのディーバとして活躍されていた方だから、感慨深いものがあった。倉本聰さんのドラマの主題歌、他のアーティストへの楽曲提供、新設される大学や高校の校歌制作と、ここ2年ばかりの間にとてもたくさんの歌詞を書かせて頂いた。倉本さんのドラマが2007年の1月放映だったので、時間が経つのはほんとうに早い。2月25日に発売される「living」には、この時の楽曲を含め6曲も参加させて頂いた。以前サーカスに書いた「家族写真」も、新たに森山良子バージョンとして収録されている。この歌の歌詞に「新しい家族もうすぐ生まれてきます」という一節がある。今年はじめ、森山さんにお孫さんが誕生したnewsを聴いた方も多いだろう。勿論、この歌詞を書いた2007年の夏頃は、そのことを知る由もない。しかし、紡いだ言葉が、現実の人生と重なっていく奇跡に遭遇すると、どの言葉にも宿る命があることを改めて思い知らされる。能力や訓練だけでは届かない極みが、まだまだあるのだなと思う。その意味で、「living」に書かせて頂いた作品が、どれも先に向かって脈打つものであることを祈る。

ASKA あなたが泣くことはない
一緒に作品作りをしていく上で、実に手強い相手である。作詞家とartistという図式には収まらない関係がある故、その作業はいつも、延長戦、再試合の連続の様を呈してくる。作詞という感覚よりも、囲碁や将棋をしてるような感じが近いかも知れない。勝ち負けがあるわけではないけれど、相手を納得させたいと、お互い死力を尽くす。ASKAなら、こう感じるんではないかと思って書いた渾身のフレーズを、あっさりと却下されるかと思えば、迷いながら書いた言葉に、引っかかってきたりもする。彼の頭の中に鳴っている音と意味の世界は、カオスそのものだ。他者の安易な思い込みは決して受け付けない。今回の作品も、映画の主題歌ということで、期日の迫る中、積み上げた。Pressureに押し潰されそうになりながら、それでも妥協を許さないASKAの姿は、尊敬に値する。ただ、大袈裟に聴こえるかもしれないが、狂気への一線を感じることがある。別々のDNAを持つふたつの脳が、ひとつの骨格の中で、融合と分裂を繰り返していると言ったらいいだろうか。彼の想像力に向かい合うには、自ら培ってきた方法論を一旦壊さなければならない。その事は流石にきつい。だが、これがASKAとの創作の醍醐味であり、かけがえのない時間なのだ。
alan RED CLIFF ~心・戦~
ジョン・ウー監督の「男たちの挽歌」はとても好きな作品だ。黒沢明や深作欣二のDNAも感じる作風には、他の中国人監督にはないentertainment性がある。Hollywoodに進出してからもそのDNAは継承されている。「Face/Off」などは、ただのactionに終わらず、last sceneに日本人も共感できる義理や人情のtasteが含まれていて、どこか懐かしさを感じるものがあった。そんな監督の作品の一端に関われることはとても光栄で、作品を観るのがとても楽しみだった。岩代太郎氏の音楽も壮大で、打ち合わせで渡されたscoreは映像が浮かぶようだった。ただ、この時期、世間はチベット問題で揺れていて、紛争を連想させる言葉を使ってはいないかと気を使った。そうでなくても、戦を描いている映画故、うっかりすると殺伐とした言葉が似合ってしまう。だが、alanの声を聴いて、過剰な心配はしない方がいいとわかった。彼女の声のdynamismは、大陸的な曲に見事に合っていて、赤壁の戦いがテーマであっても、それだけに留まらない人間の奥深いものを表現できると確信できた。どこまでも切れることのない一本の絹を見ているような声の美しさは、その響きだけでも、既に言葉は命を持てると思った。日本人ではない故、日本語の意味をどれだけ理解できるかはわからなかったが、出来上がった楽曲は、間違いなく「伝える」ものを持った歌になったと思う。
パク・ヨンハ Behind love~片思い
パク君に詞を書かせてもらうようになって何作目になるだろう。彼が安全地帯のファンでもあったことから、玉置浩二に曲を書き下ろしてもらって、singleをreleaseすることもできた。外国のartistが日本語で歌を歌う時、うまく発音できない言葉があると、僕自身少し興醒めしてしまう。なので、できるだけ流れを止めることのないような言葉を、意味としても、聴感上でも気を使う。パク君の作品でも、始めは、韓国の人が、うまく発音できない「つ」や「ぜ」をなるべく使わないで書いた。first albumをお持ちの方は、検証してみると面白いかも知れない。やはり「風」などが使えないのは大変だった。最近では、パク君も日本語が上手になって、もうそういったことは気にせずに書いている。今回の作品は、日本語詞、つまり、原作のハングルの歌詞を元に書き下ろした。韓国の歌詞は、どちらかと言うと、洋楽の直訳詞に近い。言葉の載せ方のせいもあって、日本語的に分析すると、かなり分量が少ないものが多い。情景描写も少なく、感情の発露が続く。なので、元の歌詞からだけ言葉を抽出しようとすると、一番の半分くらいで、内容が尽きてしまうことがよくある。それを、できるだけ元歌詞の内容を損なわないようにしながら、状況を広げていく。言葉的には、半分近くはoriginalのphraseになってしまう。日本語と外国語の物理的、感覚的違いがここにある。さて、いくらか沈静化したとは言え、韓流ブームは廃れてはいない。むしろ、しっかりと日本の音楽や映像文化に根付いたと言える。パク君を始めとして、韓国のartistとの仕事が随分増えた。皆とても歌唱力が高い。言葉が国境を越えて新たな命を持つ。25年前には想像もしなかった奇跡のひとつか。
ミトカツユキ 悲しみの向こう側
日本のソウルシンガーの中でも、とても豊かな才能の持ち主のひとりだ。実は、彼とは数年前に一度接点があり、その時に聴かせてもらったデモテープには驚かされた。結局、その時は仕事には至らなかったが、今年、再会。新しい作品を一緒に作ることができた。歌の上手さは訓練で上げることができるが、声の響きは、なかなかそうはいかない。肉体的な構造上の問題もあるだろう。ミト君も、それほど頑丈な肉体には見えないのに、彼の声の響きは独特のものがある。これは、宝である。R&Bやソウルが市民権を得た現代でも、声の質という点では、やはり海外のartistにはかなわない。ただ声量を上げるというなら、大きな声を出せるartistも日本にはいる。しかし、体で響く声を出せるかと言うと、思いつく人が少なくなる。そう考えると、美空ひばりは日本で数少ないソウルシンガーだったように思う。流石に、時代の流れで、若い世代にグルーヴ感は身についてきた。幼い頃から洋楽が溢れた環境は、音楽の作り方や歌唱法を変化させてきた。しかし、肉体的な部分で、少し日本人はひ弱かもしれない。韓国のartistが歌唱力、とりわけ声量があるのも、胸板の厚さの違いではないか。CDではそうでもないが、liveを観てがっかりする事もよくある。そこで、ミトカツユキをliveで聴いて欲しい。彼のperformanceは、そこに独自のものを感じるはずだ。その声に相応しい言葉を探す。作詞をする者として、やり甲斐のあるartistである。
氷室京介 Be Yourself
20周年anniversaryとなるアルバムが発売される。一曲、新曲としてこの作品を共作させてもらった。共作にはいろいろなcaseがあるが、今回のBe yourselfは氷室京介の作詞と言っていい。なによりもそう言える理由は、核となっているテーマが彼の現在とsynchroしているからだろう。作品の中には、artistにとって時間軸がぶれるものもある。それは悪い意味ではなく、創作の過程で、試みとして現実感の薄い言葉も捕らえてみるという場合のことを指す。つまり、簡単に言えば、免許を持ってなくてもhighwayを疾走する歌は歌えるように、作品が等身大の現実とequalであるとは限らないということだ。artistの発する言葉がリアルであるようにとは思うが、逆に個性の違いが化学反応を起こすおもしろさもある。響かないだろうなと思って投げ掛けた言葉を、いとも簡単に自分のものにする氷室京介の表現力に驚かされたことも多い。だが、Be Yourselfについて言えば、20周年という節目の現在の軸を思わせる言葉だ。これまでのことも、これからのことも、ここからはじまるのだろう。アルバムの選曲は僕の軌跡とも言える。臨界点の寸前で、自分を繋ぎ止めておくために、僕たちの闘争の歴史でもあるのか。そして、点はまた繋がる。
Acid Black Cherry 恋一夜
結果としてPopsの歌詞になってはいても、実は、自分の脳内世界ではGothicな世界観をimageして書いたものがある。初期の安全地帯もそうだったし、氷室京介や吉川晃司と作った作品の中にも、そういったものも少なくない。そして、女性歌手に於ては、工藤静香の作品群がそれに当たる。情念の深さや、濃密な感覚世界は、僕の中ではGothicと言っていい。故に、Acid Black Cherryの「恋一夜」を聴いた時、ここにたどる水路の必然性を感じた。伸びやかな高音の美しさは、女性詞でありながら、性を越えたgenderな様式美を感じさせる。いつからか女は自分を「僕」と歌い、男は願いや思いを内に秘めるようになった。社会の変遷と共に男女の感性の逆転は起こっている。女性が表現する根の強さに対して、男の内向的な感性は物足りなさも感じる。その意味で、倒錯的な視点や表現主義的な歪な捉え方は、癒しばかりが蔓延する行間に対してAntitheseになっている気もするのだ。男らしさ女らしさというものが混沌としてしまった現実に於て、歌の言葉はもしかしたら、両性具有であることを求められているのかもしれない。Acid Black Cherryの恋一夜が自分の中で単なるcoverに聴こえないのは、そういった時代背景だからかもしれない。
吉川晃司 光と影
ミュージカルの主役。彼のcareerの中で、この作品がどう位置付けされるのかはわからない。劇中歌なので、舞台の内容に寄った内容であることは違いないが、歌としての存在意義を考え、現代との接点を探す。それは、例えば、どんなに突飛な設定のanimationであっても同様である。万人がとまでは言わないが、現代に生きる人間がなにかしらを体感できるものでなければならないと思っている。いまは杉原千畝の時代とは違う。だが、Tibetでの暴動などを見ればわかる通り、世界の状況は必ずしもすべてが良い変化をしているとは言えない。難民も島国である日本人には遠い呼称かもしれないが、地続きであれば、国境線に神経質にならざるを得ない国はいくらでもある。他にも、年金問題にしろ、薬害問題にしろ、国の重要な役職に就く人物の保身ばかりを優先する発言を見ていると、Schindlerや杉原のような人物は、現代に警鐘を鳴らす存在なのだろう。この作品は自問自答の歌である。吉川晃司が杉原千畝の自問自答をどう自分のものとして表現するのか、楽しみだ。
BOOWY LAST GIG COMPLETE
携帯電話が煉瓦のように重く、PCは3.5インチのFloppy Diskが台頭し始めた頃、当然生活の中にInternetなどありはしない。CDの販売枚数がanalog盤を抜いたのは1986年だが、部屋の棚はまだanalog盤がspaceを取っていた。Walkmanはcassette typeで、録音時間は120分が最長だった。21世紀も近かったというのに、現在から見れば情報の伝達速度は数段遅く、その量も違った。風景は加速度を増し変化する。そして僕はあの日、時代の証言者と成り得たchanceを逃している。1988年4月、BOOWYのLAST GIGは、その後の彼らの影響力を考えれば、間違いなくひとつの事件だった。彼らとは自分も関わりがありながら、残念ながら、このイヴェントには参加していない。自分のcareerの中で、後悔はなにかと問われれば、LAST GIGを体験していないことがそのひとつだと答えるだろう。だが、時代は変わり、CDとDVDの完全版という形でLAST GIGは再生する。あの日、そこでなにがあったのか。もう一度検証する責任が、僕にはあるのかもしれない。
島谷ひとみ 泣きたいなら
作詞という言葉が正しくないと思える時がある。ほとんどは、机に向かって、数えた音数を埋めてゆく作業だが、稀に、作るというのではなく、捕らえるという表現が相応しいと思える旋律と声に出逢う。この曲もそんな一曲だった。デモ音源の彼女の声に導かれながら、書きだすのではなく、聴くだけで、そこにあるものを捕らえようとした。例えば、車を運転しながら、何度も曲を流し、それに合わせて言葉を歌う。最後に整理はしたものの、ほぼそんな状態で生まれた歌詞である。言葉の呼吸感のようなものを捕らえたかった。その意味で、彼女の声はこの物語を引きだす艶を持っていた。島谷ひとみの抱いたイメージにどれだけ近づけたかはわからない。しかし、聴き手にとっては、彼女が自分に語りかけてくる距離感ができたように思う。島谷ひとみには、数年前「解放区」という作品を書かせてもらった。「悲しみにさよなら」のカヴァーを挟んで、新曲としては久しぶりである。若い時にしか歌えない作品というのもあるけれど、その年齢ごとに熟していく作品もある。一年毎、彼女がどうこの歌を捕らえてゆくのか。とても楽しみである。
山本達彦 Le Ciel
デビュー当時は、A0Rやシティーポップスといった属性を持っていたが、現在の彼は、どのジャンルにも属さないアーティストだと思える。強いて言えば、「山本達彦」と言うジャンルである。時代の変遷で、冒頭に記したジャンルは既に死語だ。そこにあふれていたアーティストたちは、新たな属性を模索して変革を遂げていった。だが誰もが新たな着地点を見つけられたわけではない。年だけを重ね、過去のヒット曲の呪縛を逃れられない者も少なくない。その意味で言えば、彼は、アルバム毎に、常に新人のような鮮度を保ち、進化を遂げてきている。前回のアルバムでは、ポエトリーリーディングを、そして、今回は、アコーディオンを中心としたアンサンブル「モンジュー」とのcollaborationで、新たな境地を開拓した。彼は、表現者としての発光とアルチザン的な発酵を続けている。多少難解な設定の歌詞にも試みを重ねる姿勢は、書く者としては実に刺激的である。自分と同じ年代ではあるが、彼の声を聴くたび「Youth is not a time of life. it is a state of mind...」と、Samuel Ullmanを思いだすのだ。
平原綾香 Jupiter ~平原綾香ベスト~
Artistの表情を見ることができない仕事も多い。関わった楽曲のすべての現場に立ち会えるというわけでもない。依頼を受け、mailで送られてきた音源と簡単な文書だけで、書き上げねばならないものも少なくない。作品を提出して、完成した音を聴くまでは、ラブレターの返信を待つ心境だ。自分の狙いが外れてしまったと反省することもあるが、中にはこちらの想像以上の作品となって戻ってくるものもある。平原綾香の歌には、常にその感動がある。そこに表現者として作品に挑んでいる姿が窺えるからだ。音程やグルーヴ感、発音の仕方と、機械のように正確にというのでは面白みがない。一瞬の声の記録としての緊張感が欲しい。二度とない一瞬を捕らえたものを聴きたいのだ。「明日」をはじめて聴いた時の感動は、いまも深く残っている。今回のベストアルバムは、単純にシングルを並べたというより、彼女の挑戦と葛藤の記録に思える。流れる時間の中で、息をし、成熟していく歌。自分より遥かに若いけれど、尊敬に値するartistのひとりである。
仲村瑠璃亜 おはようのうた
世の中の荒廃に打ち拉がれ、自分もその荒廃の原因の一部であると気づく時、どこかで変化への道を模索しようと考える。いじめをはじめとする子供たちの問題も、その一端は自分にも繋がっている。音楽で世界が変わると、短絡的に言うのは気が引ける。歴史の中で、そういったものの無力さも見てこなかったわけでもない。ただ、自分にできることがあるとすれば、そこに思いや願いを込めることは無駄ではないと思う。僕から見れば遠い世代の、そして悩みを抱える世代の中心にも近い仲村瑠璃亜が体現してくれることは、僕にとって意味がある。彼女の持つ透明感や親近感は、歌となって表現される時、深く強い包容力を持つ。今回の作品も、彼女の存在感なくしてはありえなかった。誰の心にも、なんの打算もなく、無垢なまま響いてくる声。それは詞にとって強い力になるのだ。
“GIGS”CASE OF BOΦWY COMPLETE
人は自分の現在地が俯瞰して見えるわけではない。一寸先が光か坂道かはたまた落とし穴か、そこへ行ってみなければわからない。作品を作っている時、その作品が例えば20年後にどんな意味を持っているか、希望はあっても想像するのは難しい。昨年から今年にかけてBOΦWY 解散20周年anniversaryとして、新しい音源がリリースされている。その中でいくつかのVer.の「Dreamin'」を聴くことが出来る。この楽曲は布袋君との共作だが、実は、当時布袋君とは顔を合わせていない。僕の作業は氷室君とプロデューサーによって進められた。依頼を受けた後、ベルリンでのレコーディングということもあり、書き上げた作品が完成する過程には立ち会えなかった。今回のリリースではじめて聴くVer.も多い。歌詞は書き上げて提出してしまえば、一旦自分の手を離れてしまう。それでも、長い年月を経て、作品はかならず戻ってくる。「Dreamin'」を聴くたびにまだ20代の自分に逢えるのだ。
September
「咲きましょう」がSeptemberによってリリースされる。元は2006年にen-Rayのためにberry(現池上ケイ)と作った楽曲だった。その後、berryが自身のMAXIとしてリリース。今回、三度目のリリースとなる。邦楽の世界では、カバーは、かつてはどこか鮮度に欠ける印象があった。しかし、楽曲の持つ力とアーティストの個性が齎す相乗効果は、ここへ来て新たなジャンルを確率しつつあるようだ。「咲きましょう」がなぜ三度もカバーされるかについては、自分では解説しにくいが、この楽曲の中に響いてくれるなにかがあるのかもしれない。リリースされた三曲も三者三様の良さがある。今回はSeptemberの持つクラシカルな要素も新たな魅力になっているし、berryの声が生命感を持っていたとすれば、リエの歌には抱擁力がある。時を経て伝っていく歌に、自分も励まされることはとても嬉しい。
鋼鉄三国志
三ヶ月に渡って発売された鋼鉄三国志のイメージアルバムからのベスト盤。こうして並べて聴いてみると単なるベストにとどまらずコンセプチュアルアルバムとしてよく出来上がっている。鋼鉄三国志という題材があったからではあるが、そこから更に音楽的に独立した世界観を作れたと思う。三国志という古のテーマでありながら,スピリチュアルな意味で現代的なものを孕んでいて、書いていて面白かった。
紅の月/ 曳航の森/ 無限の大樹/ 流星前夜/ 遥かなる河
光芒/ 心に花のあるままに/水影/風紋
コナミデジタルエンタテインメント GBZC-3/4 2007.12.05 release
島谷ひとみ
キャリアの中で一番多くカバーされたのがこの曲。ボサノバやラップと様々なアレンジで生まれ変わった「悲しみにさよなら」を聴くのも面白い。ある世代の記憶に刻まれているということはとても嬉しい。安全地帯の曲に書いた作品のほとんどが人称を-あなた-としている点で,両性具有の歌詞と言えるかもしれない。女性が歌えば女性の歌としても成立する。性差さえ曖昧な現代に於て、初期の玉置浩二と書いた歌は不思議な趣を持つことになった。やはり歌は生き物である。
「悲しみにさよなら」男歌~cover song collection~収録
エイベックス・トラックス CD+DVD:AVCD-23399/B CD:AVCD-23400
CD+DVD:¥3,800 (Tax in) CD:¥3,059 (tax in)/2007.12.05 release
ブレッド & バター
「海岸へおいでよ」
MHCL-10084/アルバム(HYBRID)/2007.8.29/¥3,000(税込)
「ワルツ」 森山良子 作曲
「パピエ」をご縁に、森山良子さんとは今年何曲か歌詞を書かせていただきました。
サーカスもブレッド & バターもどちらも歌詞先行の作品ですが、とても美しい二曲になりました。
サーカス
10月3日 サーカス 「絆-KIZUNA-」 MHCL10085
¥3.000(税込定価) SA-CDハイブリッド・ディスク
Sony Music Direct(Japan)Inc.
M1. 家族写真
作曲:森山良子 編曲:鈴木和郎
M8. Missing Link
作曲:かまやつひろし 編曲:百石 元
JONTE
DEBUT SINGLE「ゆれる」
価格:¥822(税込) デビュープライス!!
品番:AVCD-31255 2007.8.22 On Sale
日本語の他に、韓国語ヴァージョンや中国語ヴァージョンなど全6ヴァージョン収録。
日本テレビ系 終戦記念特別ドラマ 8月24日午後9時放送
真実の手記 BC級戦犯 加藤哲太郎 「私は貝になりたい」主題歌
玉置浩二
僕たちは この星で 恋に落ち 愛を知った・・・
1年4ヶ月ぶりの会心作!
「惑星」 2007.08.01 Release 全13曲
初回生産限定盤:紙ジャケエコパック&DVD付 SRCL6592-3 ¥3,500(税込)
通常盤:ジュエルケース SRCL6594 ¥3,059(税込)
TBS系「2時っチャオ!」 8・9月度 エンディング・テーマに決定!
8/1(水)〜 「惑星」のビデオクリップが放送されます。
レギュラー放送時間 毎週月曜日〜金曜日 14:00〜15:53

玉置浩二
「惑星」
「Monkey Trick」
SRCL-6569/2007.6.27/¥1,223(TAX IN)
2007年 夏発売のalbumに先駆けてのニューシングル。

熊谷尚武
「Pride」
「bench」
FRCA-1178 /2007.6.6/¥1,000(tax in)
日本テレビ系『音楽戦士ミュージックファイター』6・7月パワープレイ曲。

鈴木雅之
「Champagne Royale」
2007/03/07 OUT!
ESCL-2919/¥3,059 (Tax In)
「& You」 収録。 マーチンのために書き下ろした松井五郎 = 玉置浩二曲。

吉川晃司
「ベイビージェーン 」
2007/03/07 OUT!
TKCA-73172 / ¥1,260 (Tax In)
4年振り、通算16枚目となるオリジナル・アルバム・リリースに向けたカウントダウン第3弾シングル!!

平原綾香
平原綾香 「そら」
発売日:2007/01/31
品番:MUCD-1160(通常盤)
価格:¥3,045(tax in)
しあわせ / そら / Wall/ Gradation 収録

CHAGE and ASKA
CHAGE and ASKA 『DOUBLE』
2007.01.24(Wed)Release!!
UMCK-1217 ¥3,000(税込)
Here & There / Man and Woman / ボクラのカケラ / パパラッチはどっち/
Wasting Time/ 僕はMusic 収録

池上ケイ
2007.1.10
池上ケイ 1st Single
M1.Grow
M2.Horizon
¥1,000/TOCT-40083
*「Grow」フジテレビフラワーセンター イメージソング
*「Horizon」第一交通産業 TV-CFソング

森山良子
2007.1.24 Release
(フジテレビ系ドラマ「拝啓、父上様」主題歌)
【MUCD-5106】¥1,000(税込)
「パピエ」 「手」 収録

氷室京介
2006.12.20 Release
NEW ALBUM『IN THE MOOD』
TOCT-25985[通常盤]¥3,000(tax in)
「Easy Love 」「Stand Alone」「 Ignition 」収録

山本達彦
2006.12.06 Release
NEW ALBUM 『torso』
WACS-2008¥2,100(tax in)
「 Layout 」 「torsoの腕」「attitude」収録

仲村瑠璃亜 Debut Single「道しるべ」
テレビ東京系「いい旅・夢気分」エンディングテーマ(10月〜12月)
2006.11.1 FRCA-1166 ¥1,000( Tax in )
制作:フォアレコード/ユーズミュージック
発売:フォアレコード
販売:ユニバーサルミュージック
http://www.foarecords.com/ruria/index.html

平原綾香 LIVE TOUR 2006“4つのL” at 日本武道館
2006年6月の日本武道館公演を収録した初のLIVE DVD。
「Circle Game」「Eternally」「 明日」収録。
2006.11.15 MUBD-1016 ¥5,040( Tax in )
販売:Dreamusic

'06 PRESENT TOUR LIVE "発散だー!!"
2006.PRESENT TOURの最終日東京国際フォーラムでの模様を収録。
安全地帯時代の楽曲から、最新作まで、玉置浩二の集大成とも言えるLIVE盤。
2006.8.30 SRCL-6378 ¥3,500(Tax in)
販売:Sony Records

ASKA Concert Tour 05>>06 My Game is ASKA
2005年12月9日から2006年3月17日にかけて全国23ヵ所34公演、約10万人を動員したそのツアーから2006年3月4日の日本武道館公演を全曲収録。
2006.7.26 UMBK-1098・1099 ¥6,090 (Tax in)
販売:ユニバーサルシグマ

Blister Pack Voices by Bohemian Quarter
Goro Matsui Produce ポエトリーミュージック第1弾
作曲家J・NAKAMURAとのユニットによる詩の音楽
10人のVoice Actressとのコラボレーション。
発売中 FRCA-1147 ¥2,600(Tax in)
制作・発売:フォアレコード
販売:ユニバーサルミュージック株式会社

Libido game
Goro Matsui Produce ポエトリーミュージック第2弾
詩を吉元由美と松井五郎、音楽と朗読を山本達彦が担当。
エロスとタナトスをテーマに、一組の男女が織りなす詩の音楽。
2006.6.21発売 FRCA-1163 ¥2,600(Tax in)
制作・発売:フォアレコード
販売:ユニバーサルミュージック株式会社