KING OF DIGGIN' MURO / HIP HOP LIFE (a.k.a. B-BOY万年)

KING OF DIGGIN' MURO / HIP HOP LIFE (a.k.a. B-BOY万年)
TEXT : TAKASHI FUTATSUGI (K.O.D.P. #34)

〜1982

クラスでの”流行りモノ”を嫌い、Y.M.O.やスネークマン・ショウに一人でハマり、オリジナル選曲テープを編集するのが趣味だった早熟少年MURO、ローラースケート場で偶然耳にしたアフリカ・バンバータの「PLANET ROCK」にショックを受ける。

1986〜1989

ディスコに足繁く通い、”踊らせる側に回りたい!”との思 いを強くしたMUROは、ターンテーブルとモジュラー・ステレオで、独学でDJを初めていたが、初めて”先生”と呼ぶべき人物に原宿の歩行者天国で出会う(当時MUROはB-FRESHのセキュリティーを勤めていた)。その男=DJ KRUSHの下でMUROは"ブレイクビーツの2枚使い”を知り、「パーフェクトビート=ブレイクビーツは自分自身で見つけなければならない」ことを悟り、”掘る”作業を強化する。と、共にLLクールJの来日公演を見て”パフォーマーとしてのラッパーの凄さ”に魅せられた彼は、KRUSHのススメもありマイクを握ることに。KRUSH POSSE(DJ KRUSH, MURO, GO)活動開始。

1990〜1992

KRUSH POSSE、伝説のアンダーグラウンド・コンピ『YELLOW RAP CULTURE IN YOUR HOUSE』に「KP」で参加(DJ KRUSH POSSE名義。『BACK II BACK』収録)。USのヒップホッパーに近い表現方法にこだわっていた同グループは、”日本語ラップ嫌い”からも支持される(MURO曰く、当時はジャングル・ブラザーズにカブれていた)。そして、下北沢ZOOでレギュラー・パーティ"CHAIN GANG"を初めていた彼らは同名のパーティ・チューンをダンス・ミュージック・コンピ『DANCE 2 NOISE 002』(ビクター)に提供するも、敢しくも解散。その理由は「当時は理解不能なくらいKRUSHは先を行ってた」ため。リーダーズ・オブ・ニュースクール等の大人数のグループを目論んでいたMUROは、続いてGO、TWIGY、PH FRON、MASAOと共にMICROPHONE PAGERを結成し、まだ”お笑い”のイメージを完全に拭いきれていなかった日本語ラップの改正を開始。"SLAM DUNK DISCO"等のレギュラー・パーティで同志は拡がっていく。

1993

TWIGY、MINIDON、そしてSOUL SCREAMの前身グループPOWER RICE CREWと共に参加した画期的なマイク・リレー名曲「MADE IN JAPAN」を含むYOU THE ROCK & DJ BEN(THE ACE)のアルバム『TIGHT BUT FAT』が1月1日にリリースされる。MUROはペイジャー(=MICROPHONE PAGER)より一足先に「Don't Forget To My Men」(『BACK II BACK 2』収録。カップリングで「XXX-LARGE Pt.1」収録。)でソロ・デビューし、U.F.O.の手掛けたコンピ『Multidirection』にも「真ッ黒ニナル迄」を提供(『BACK II BACK』収録)。しかしながらペイジャーの一員であることをアピールすることを忘れなかった彼は、グループとしても「改正開始」(『BACK II BACK 2』収録)や「一方通行」(『BACK II BACK』収録)等の名曲を世に出し、7月には"トミーボーイ”の代表トム・シルヴァーマン主宰の”ニューミュージック・セミナー・ナイト・フェスティヴァル”に参加するために初渡米。”人種のメルティングポット”NYで”自由気ままに生きている人々”を見てカルチャー・ショックを受けた彼は「オリジナルな、自分達にしか作れないヒップホップで張り合わないと意味がない」と改めて痛感。そして、”トミーボーイ”からリリースされたワールド・ヒップホップ・ショウケース『PLANET RAP』にも”日本代表”として参戦する(勿論、日本人アーティスト初の快挙)。

1994

結束の固さで知られていた”キャラ立ちMC集団”=ペイジャーに異変。5人乗りの舟はMURO、TWIGYを残すのみとなる。同年は「RAPPERZ ARE DANGER」(『BACK II BACK 2』収録)、「DON'T TURN OFF YOUR LIGHT」(『BACK II BACK』収録)といったペイジャー・クラシックがリリースされ、フル編成バンド=アクロバット・バンチ(あのLOW IQ 01が在籍)との異種格闘コラボも話題を呼んだ年でもあった。MUROはソロ曲「STREET LIFE」(ハードコアなヒップホップ・アーティストでは初となる8cmシングルCD仕様。『BACK II BACK』収録)をソニーよりリリース。同曲はTVCFでも使用され、真のストリートのカリスマだったMUROの”声”は、その後コカコーラ、モトローラ等のCMでも聞けるようになる。

1995

 

ペイジャーの現在のところ唯一のオリジナル・アルバム『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』が7月にリリースされる(サンプリング・ジャケットも話題に)。友人であるDJストレッチ・アームストロングがプロデュースしたタイトル曲(89TEC9 MIX)、「病む街」(『BACK II BACK 2』収録)等を含むそのアルバムは即クラシックに。しかしながら、当時、音楽の聞き過ぎによる”一時的難聴”に悩まされていたMUROはマイクから暫く遠ざかり、DJ中心の活動にシフト。渋谷CAVE等でそのオリジナルなクイック・ミックス・プレイはすでに”ネタがけ”云々を超えるものとして、他ジャンルのDJ、ファンをも刺激した。また、テープ版『KING OF DIGGIN'』シリーズもこの頃より録り始めることに。

1996

MAIKI & TAIKIの『ON THE 1+2』にソロカット「バスドラ発〜スネア行き」で参加(録音は前年。『BACK II BACK』収録)した他、K.O.D.P.のGORE-TEXをfeat.した「三者凡退」(『BACK II BACK 2』収録)をリリースし、MCとして前線復帰。7月7日にはECDが全参加者をブッキングした一大イベント”さんピンCAMP”のステージにK.O.D.P.のメンバーを引き連れて上がり拍手喝采を浴びる(「こんなシーンを待ってたぜ!」という名セリフを残す)。またすでに海外のアーティスト/クリエイターの間で"KING OF DIGGIN'"の名で通っていた彼は、DJメイヒム(J-ライヴと共に来日。CNNのA&Rを勤めたことも)のラジオ・ショウ(NYU)にてゲスト・プレイ(DJスピナやリズもゲスト出演した人気ラジオ番組)。その内容の濃さは、周りの皆がMUROがかけたレコードの曲名をメモるほどのものだった。11月には”渋谷の城”となるオリジナル/セレクト・ショップ『SAVAGE!』を宇田川町にオープン(当時のスタッフはMACKA-CHIN、GORE-TEX、S-WORD etc...)。と同時に、自然発生的にKING OF DIGGIN' PRODUCTION発足。

1997

4月5日よりスタートしたJ-WAVEの「HIP HOP JOURNEY DA CYPHER」(2002年終了)のレギュラーDJを担当。また、当時NYにいたベン・ザ・エースのレーベル”スペルバウンド”より「第3段落97ページ」(『BACK II BACK 2』収録)、そしてKRUSH POSSE時代の名曲のセルフ・リメイクとなる「CONCRETE JUNGLE」をリリース。7月にはそれらの曲を含むミニ・アルバム『DAISAN DANRAKU 97 PAGE』(カップリングで「XXX LARGE Pt.2」収録)をCDでも発売。実妹=LIL' MUROをfeat.した、今迄にないタイプのコンビネーション・チューン「Q from A」も人気を博す。また依然として強い人気を誇った”早過ぎたハーコー・グループ”=ペイジャーの作品が続々と再発(ベスト・アルバムも登場。初回限定はTシャツ付き)され、D.I.T.C.のショウビズがプロデュースした「鬼哭秋秋」もようやくお目見えに。

1998

3月に長年の夢であった自身のレーベル”Incredible"を立ち上げ、K.O.D.P.のメンバー=Tinaをfeat.した「DIG ON SUMMER」(『BACK II BACK 2』収録)、映画『hood』のサントラにも提供した「HAN-TO-ME」(『BACK II BACK』収録)といったクラシックを世に出すことに。DJとしては”CYPHER"のミックスCD『70 MINUTES OF FUNK』をリミキサーとしてはアッティカ・ブルース(UK)やデブラ・モーガン(US)を各々手掛け話題に。MISIAのデビュー曲「つつみ込むように」のDJ WATARAIリミックス(アナログは即完売)で披露した”オフビートスタイル”ラッパーとしても転機となった。

1999

“トイズファクトリー”よりメジャー初となるミニ・アルバム『K.M.W.』及び初のビデオ作品をリリース。そのリリース・パーティに駆けつけたD.I.T.C.のロード・フィネスとA.G.は、続くEP『THE VINYL ATHLETES」(ビデオ作品も)に参加し、その“友情”に支えられたコラボ(親友フィネスが「一緒にテープを作ろうぜ!」と電話してきたことから全てが始まった)は多くのヘッズを勇気づけた。 “Incredible"からはMUROが「最も引き出しの多いヴォーカリスト」と評するK.O.D.P. #17=BOOのソロとしては初のシングル「Brothers of Rising Funk」もリリースされた(制作はMURO)。また老舗レーベル“トミーボーイ”の歴史をMUROなりの切り口でまとめあげたMIX CD『FOLLOW THE FOOT STEPS OF TOMMY BOY』もリリースされる。クリアランスの問題でマスター・アップからリリースまで時間を費やした同作を指し、トミーボーイのCEO=トム・シルヴァーマンは「MUROは我々でも知らない曲を知っている…」と発言。

2000

日本のヒップホップ・アーティストとしては初となる本格派ラテン・ヒップホップ・チューン「EL CARNAVAL」(TOM & JOYCE版リミックスは後に須永辰緒やDJ ALEXのMIX CDでも使用される)に続き、ソロとしては初のフル・アルバム『PAN RHYTHM: Flight No. 11154』を完成させる(かねてから親交のあったピート・ロック、フレディ・フォックスやO.C.、ダイアモンド、そして”神様”=ロイ・エアーズも参加)。そのトータル・コンセプト・アルバムはジャンルを超え幅広い層の音楽ファンの耳にも届くことになる。その後のソロツアー『GLOBE TO TROTTERS』にはO.C.そしてファロア・モンチ(ペイジャー時代にオーガナイズド・コンフュージョンとステージをシェアした過去アリ)もゲスト参加。ペイジャー・メドレーも含め、自身の集大成的ステージは感動の渦を巻き起こす。
 客演仕事ではZEEBRAのソロ・セカンド・アルバムでの”初コラボ”となる「THE UNTOUCHABLE 3」(ZEEBRAのソロ・ツアーの最終日の舞台でも実現した)や、盟友TWIGYのセカンド・アルバムでの「病む街Pt.2 (1 / f Version)」(RINOも共演)、”B-BOY PARK 2000"のテーマ・トラック。と忘れ難いパフォーマンスが続いた。またUKの”モ・ワックス”初のコンピ『THE ART OF WAR』で初のトラック物「A HEAD OF THE GAME」(7吋盤アナログは『PAN RHYTHM』初回特典盤だった)を提供した他、”リミキサー”としては『ルパン三世』、ジャクソン5各々の企画盤、”A BATHING APE"のディレクター=NIGO、U.F.O.、トニー・タッチの楽曲を手掛けている。

2001

“21世紀の鍵”を握るキーマンは、前年のソロ・ツアーの模様を収めたライヴ・ビデオ作品『GLOBE TROTTERS』とO.C.とのコラボ曲「LYRICAL TYRANTS」のDJ WATARAIヴァージョン(ファロア・モンチの手によるリミックスも)をリリースした他、”パンチラインの帝王”ことNIPPSとのWネーム・コラボ・シングル「SPACE FUNK 2001」と「GALAXY PIMP 3000」の同時公開でヘッズのド胆を抜き、フジロックフェスティバル2001のステージにも登場する。続いて”DJ”としても更なる世界進出。USは、マイアミにて”イエロー・プロダクションズ”(フランス/パリのレーベル)のパーティでのプレイは海外のトップDJ達をも驚かせるほどの”密度”と”柔軟性”に富んだものであり、ジャズの名門”ブルーノート”の音源をミックスした『Incredible!』や、岩沢洋と共にコンパイルした『BEAMS25th』も多方面から絶賛を受ける。またDJシャドウとカット・ケミストの7inch onlyセット”BRAINFREEZE"の日本版で”ドーナツ盤番長ぶり”を発揮し、当の2人をして、これだけ含蓄のあるプレイができるDJは他にいないと言わしめた。同年”クリエイター”としてのMUROは他にもBOOのシングル「SMILE IN YOUR FACE」や、Sunaga t Experience 、椎名純平、ザ・ヘルツやドイツのトゥルービー・トリオのリミックス仕事(”コンポスト”より海外リリース)で様々な”冒険”を見せてくれた。

2002

イエロー・プロダクションズのコンピ『BOSSA TRES…JAZZ2』やDJカム(フランス)のミックスCDで楽曲が使用されたり、”ブルーノート”の公式トリビュートアルバム『NEW YORK TIMES』への参加や、マイアミで開催された”アフター・プレイボーイ・マンション”でのDJプレイ…とKING OF DIGGIN'の海外での評価は確実なものに(ケニー・ドープ、クエストラヴ、 DJスピナら同業者も絶賛)。そして、RINOのアルバムへのトラック提供(TWIGYとの「病む街 Pt.2」の3回目の顔合わせも)を始め、SOUL SCREAMとの共演、G.K.MARYAN、S-WORDへのトラック提供(ジェイムス・ブラウン、グラント・グリーン、DJストレッチ・アームストロングのリミックス仕事も)…と国内シーンでも、相変わらず印象的な仕事が続くKING=MUROは、前年から極秘裏に進行させてきたそのキャリアにおけるターニング・ポイントとなるビッグ・プロジェクト=K.O.D.P.アルバム『Sweeeet Baaad A*s Encounter』の全貌を6月12日に完全公開する。同作のアートワークには『ワイルドスタイル』で有名なリーQ、そしてブランド・ヌビアン、A.T.C.Q.、ファット・ジョー、ビースティ・ボーイズなどのPVを撮ったフォトグラファー=シェイディ(PV「SPREADING FUNK VIRS」も担当)も関わり、その"HIP HOP人生”の奥深さを見せつける王道なマスターピースに。テクニクスの名器SL-1200の生誕30周年を祝うイベント(ビート・ジャンキーズ、ダイレイテッド・ピープルズ、DJ KRUSH、DJ YUTAKA、MIGHTY CROWNらと出演)での魂心のDJプレイも忘れ難い出来事のひとつ。後にP.V.にもキャメオ出演するHONDAのバイク=ZOOMERのMUROカスタム・ヴァージョンも”初のDJユース・モデル”として高い評判も得た。

2003

UZI、DELI、Q、BIGZAM、TOKONA-X、GORE-TEXをFEAT.した衝撃の7人リレー「CHAIN REACTION」(『BACK II BACK』収録)で幕を開けた03年には。初の”MUROオンリー・ムック本”となる『オール・アバウト・キング・オブ・ディギン:ムロ』(白夜書房)が刊行される。また『Sweeeet〜』「 CHAIN REACTION」と続いたコラボレーション作品をライヴで再現した『MURO presents K.O.D.P. Live Convention '03』も2月に渋谷クアトロで敢行。プロデューサーとしてはS-WORD、LUNCH TIME SPEAX、XBSの各作品で異彩を放ち、11月には総合プロデュースを勤めたBOOの『POST SOULMAN』を”カテッィング・エッジ”よりリリース。Harlemのコンピに提供したMURO ft. LUNCH TIME SPEAX、KASHI DA HANDSOMEの「ALL★STAR」(『BACK II BACK』収録)やキング・ギドラ「リアルにやる」のリミックス、SWEET CHICやB FRESHの作品への参加も話題を呼んだ(オリジナル・ヴァージョンをマンドリルが演奏していたことでも知られるアントニオ猪木のテーマ「炎のファイター」もリミックス)。”DJ”としてはマイアミの「Winter Music Conference」のほか、”ストーン・スロウ”のツアー(ピーナッツ・バター・ウルフ、マッド・リブ等が参加)など海外でのゲスト・プレイや国内でのレギュラー・パーティ『BLOW YOUR HEAD』や、大御所45KINGを呼び寄せた「Stussy World Tribe 2003」も大盛況。7周年を迎えたSAVAGE!では前年に増えた2ライン(”11154”、”DYG DUG")に、"INCREDIBLE"も新たに加わり、デザイナーMUROの考える”音が聴こえてくる服作り”はパーフェクトな形となる。

2004

“カッティング・エッジ”移籍第一弾であり、自身のキャリアを振り返った初のベストアルバム『BACK II BACK』を3月にリリース。DJ KRUSHとのKRUSH POSSE以来の再タッグ新録「Hallucination」にリキみ、涙したファン多し。ルイ・ヴェガ実弟ジョーイが久々に手描きで仕上げたアートワークにも”バック・トゥ・ベーシック”の意思は表れていた。同作とほぼ同時のタイミング(2月25日)にリリースされた”ブルーノート”ミックス第2弾『Incredible2〜Hot Dog Breaks』もまたファンクを基調とした原点回帰的な内容となる。海外音源を独自のルートで紹介する”11154ディストリビューション”もスタート。プロデューサーとしてはKAMINARI-KAZOKU、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND、Tina等の話題作に関わり、AQUARIUSのYAKKOとのプロジェクト『32BLOCK PARTY Hosted by MURO』で多数の若手ラッパーをフックアップし、シーンの底上げ/渋谷発サウンドの更なる確立を計る。一方、YOU THE ROCK★、TWIGY、SOUL SCREAM、BOY-KENと共に"MADE IN JAPAN”をリメイクした「MADE IN JAPAN 2004」(BEN THE ACEによるリミックスも有)を含む不滅の黄金音源第2集『BACK II BACK 2』を『32 BLOCK〜』と同日に”公開”。また、”ストーン・スロウ”や”ヘッドフォン・ヒーロー”からの海外リリースのミックスCD企画(後者はディミトリ・フロム・パリとのスプリット)も持ち上がっている。 KING of DIGGIN'の”企み”はマダマダ続く……。